2011年7月28日木曜日

川西町からのお客様

今日の午前、川西町の“高齢者大学東沢学部”の皆さんが古屋敷村を訪れました。

川西町東沢地区の高齢者の皆さんによる生涯学習の会で、年に1回は地域から離れて移動学習会を開催するとのこと。

今回は、古屋敷から西蔵王の山形市野草園、蔵王温泉で昼食をとるという行程だそうです。

昨晩から大雨が続き、大雨警報はもちろん、土砂災害警報も発令される生憎の悪天候・・・予定の9時30分を少し過ぎた頃にバスで14名ほどの皆さんが到着しました。

本来、散策しながらお話をする、という予定でしたが、雨のため急遽、“谷川の庄”の中で、古屋敷村の歴史などをお話した後、質問を受けるような流れで進めることにしました。

「雪はどれくらい積もるのか?」「(3月11日の)地震の時は揺れたのか?」「平家の落人の集落で、村人の団結は固かったか?」「産業がなくなったから村を降りることになったのか?」などなど・・・。

山村というわけではないにしろ、東沢は古屋敷よりも雪は多く、茅葺の家も残っているようなところ。集落は存続していますが、今は離れる人が増えているとかで、30年前の古屋敷に似た状況もあるようです。


雨が晴れ、皆さん歩いて古屋敷の村を巡りました。


今年の雪で崩れた建物や火事の跡を目にしながら、皆さん、「やっぱり管理しねど、大変だな」「立派な坪あったんだそな」などと人が離れた村の困難さや寂しさに思いを至らせた様子でした・・・。

古屋敷村の保存を考える会 齋藤

2011年7月3日日曜日

冬の痛手の補修

この冬は大雪で、里も大変で、正直、古屋敷まで手が回りませんでした。

今思えば、2月ごろに北面の屋根の雪下ろしをやっておけばと悔やむばかり。
・・・3月は震災で全く時間が作れませんでしたし、諦めるしかありません。

更に最近の梅雨は豪雨になることが多く、屋根の穴からどんどんと水が浸入してきて、土壁は非常に脆くなっています。

この二歩進んで四歩下がるようなことの繰り返しに正直めげそうなのですが、気を取り直し、出来る限り「穴塞ぎ」をすることにしました。

5月15日付けの当ブログの映像を振り返ると、こんな穴が空いています。


これを、とりあえずこんな風に塞ぎました。


まだ塞ぐべき穴は残っていますが、とりあえず一番大きな場所を塞いだことで、次に向かう気も出てきました。

古屋敷村の保存を考える会 齋藤

2011年6月19日日曜日

笹竹まつり開催しました

6月19日日曜日、一年のうち最も過ごしやすい時季らしく、気持ちのよい天気になりました。

今日は古屋敷の谷川の庄で、東地区会長会と本会が実行委員会を組み、「笹竹まつり」を初めて開催しました。・・・狭い会場いっぱい、70名もの方々が参加してくださいました!・・・お断りした方、申し訳アリませんでした。

朝からみんなで笹竹の皮むきをして、親指の爪の間が痛くなってしまうほどでしたが、このとおり大なべ3個いっぱいに“たけのこ汁”。鯖とみずが入った味噌仕立て。

・・・“日本一の芋煮会”ではユンボを使うのが有名ですが、こちらは打ち水するような“ひしゃく”です。

山菜料理?雑草料理?・・・ヨメナの煮物も好評でした。

古くからの保存食で農作業の一休みのお供、かきもち。
それよりその下・・・「自分にはきびしく、他人にはやさしく」・・・かくありたいものですね~。

そして山形が誇るブランド米「つや姫」のおにぎり。

とにもかくにも、好天に恵まれ、大勢のお客さんで賑わい、よいイベントでした。ダイジェスト版はこちらをご覧ください。


古屋敷村の保存を考える会 齋藤

2011年6月12日日曜日

笹竹の筍採り

 来週開催する「笹竹まつり」に使う筍を採りに、東地区会長会の皆さんと横川堰の本流取水口周辺に行ってきました。
 みんなで採った筍は、湿らせた新聞紙にくるんで東地区公民館の冷蔵庫に保存しています。


本日8時に東地区公民館に集合。
車に分乗し、古屋敷を抜け、萱平からさらに先、横川林道へ。

随分と山道を登り、駐車場に到着。
未舗装の狭い道を長く走らなければ行けない場所にもかかわらず、まるで観光地のように車が一杯。・・・中にはマナーの悪い人もいて、駐車場周辺にごみを捨てられることも増えていることから、不法投棄防止の看板を立て、周辺のごみ拾い。


・・・続いて宮城県側の横川堰駐車場へ。・・・ここでもタイヤやら懐かしいデザインのミシンやら、敢えて捨てに来ないと捨てないようなものも。

ごみと記念写真を撮って、いよいよ横川堰の本流を目指します。
白神山地ばりのブナの巨木の森には、きれいな沢や湧き水がところどころにあり、ここから横川堰に取水しています。・・・そして最深部の沢へ。

江戸末期の庄屋様が私財をなげうって、上山に水を引くために素掘りで堰を掘ったそうです。・・・物理的にも大変困難なのですが、当時、宮城県側は角田藩の領地。他藩から水を引くのは以ての外。今でも県境を越えることはそうないことですが。・・・随分時間が過ぎ、明治初期、山形県令の三島通庸が後輩であった宮城県令に山形県が無料で借りることを決めさせたとか。・・・以来、毎年、山形県が宮城県から無償で借りる契約が続いているそうです。

さて、本流の取水口から少し戻った沢沿いの笹薮で筍採取!

日当たりの良い場所の、背丈より高い笹薮に筍は生えやすいとのこと。
迷わないように気をつけながら、顔に当たり、足や胴に絡みつく笹を掻き分けながら地面近くをよーく見ると、筍がたくさん生えています。・・・1時間ほど採取した様子は次のとおり。


来週19日(日曜日)、谷川の庄で開催する「笹竹まつり」では、今日収穫した筍が振舞われる“はず”(うまく保存ができていれば)ですので、乞うご期待!!

古屋敷村の保存を考える会 齋藤

2011年6月4日土曜日

なめこの本伏せ

4月27日にほだ木になめこの菌打ちをしました。
それから一ヶ月間、ビニールシートと茅をかけて“仮伏せ”をしてきました。

ちょっと遅めなのかもしれませんが、先週は雨降りだったので、今週“本伏せ”をすることにしたのでした。

谷川の庄から川に降りたところの杉林近くにほだ木を運び、並べました。・・・湿気が多く、風がとおり、日光がチラチラ差し込む程度の場所がなめこ栽培に適しているとされていますので、「ここはもってこいかなぁ~、やはり、昔なめこ栽培が盛んだっただけあるなぁ~」と思うのでした。

谷川の庄の裏に仮伏せしていたほだ木をはるえさんと運び、並べ、一応「木を不法投棄しているのではありませんよ」「管理してますよ」ということを主張するために杭を立てて縄で囲みました。



・・・これで果たしてなめこはできるのでしょうか?幾許どころが相当に不安を持ちながらも、来年の秋に期待。果報は寝て待て。

古屋敷村の保存を考える会 齋藤

2011年5月18日水曜日

「笹竹まつり」のご案内

 

 古屋敷村が所在する東(あずま)地区には、“東の笹竹”と呼ばれる食材があります。
“月山竹”のような、いわゆる高山に生える細竹で、古屋敷村から更に山に入り、横川堰とか、宮城県境に近い、標高の高い場所に自生しています。

 かつては、6月ぐらいの時期になると、この地域の人々は大勢山に入り、笹竹を取って味噌汁などに入れたり、囲炉裏であぶったりして食べ、あるいは売って学校の収益源にしていたそうです。

 しかし、最近は採る人も少なくなり、山の笹薮は荒れ、取れる笹竹も少なくなってきたそうです。

 そこで、東地区の特徴的な食材である“東の笹竹”をもう一度見直そうと、東地区会長会の主催でこのお祭りが開催されることとなりました。

 当日は、この「幻の笹竹」を味わうほか、ご存知鈴木ウメ子さんによる地元の食材・・・たぶん、セリかヨモギとか、地元に自生する山菜?雑草?をふんだんに使った料理も合わせて味わい、昔からこの地域で食べられてきた食文化について考えたいと思います。

 ほかに胡弓の演奏などもありますので、皆さん是非ご参加ください!!

笹竹まつり
  1. 主 催 笹竹まつり実行委員会
  2. 主 管 東地区会長会、古屋敷村の保存を考える会
  3. 日 時 平成23年6月19日(日) 11:00から14:00
  4. 会 場 上山市大字大門 古屋敷 「谷川の庄」
  5. 定 員 70名
  6. 参加料 無料(ただし、東日本大震災の義援金箱を設置します。)
<プログラム>
  • 11:00 音里間満生(ねりま・みき)さんの胡弓演奏、踊り、民謡
  • 12:00 たけのこ採りや昔の食材についてのお話し
  • 12:30 会食 ~東の笹竹のたけのこ汁など昔の食材を使った料理、漬物、つや姫のおにぎり等

古屋敷村の保存を考える会 齋藤

冬の爪あと

 この春も被害を受けていました。
 今、“被害を受けた”といえば、東日本大震災の被害かと思われますが、ここ古屋敷は、一説によると岩盤の上にあり、大きな地震でも被害を受けません。・・・既にお忘れの方も多いと思われますが、この冬はかなり雪が多く、1月下旬から2月の上旬にかけ、県内では各所で建物がつぶれるような被害がありました。

 古屋敷も然り。
 私が施したような波板での応急処置は、見るも無残に崩れ落ち、北側の屋根の雪が春先まで残り、固まって屋根ごとずり落としていました。そして、それに伴って、屋根の煙出しが今まで以上に90度近い角度で傾いてしまいました。



 あぁ・・・どうしようか・・・。

古屋敷村の保存を考える会 齋藤